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■志村けんさんが遭遇した「日本のネッシー」!? ~ 多摩湖のタマッシー
今回は多摩湖の怪物(Lake Tama Monster)、タマッシー / たまっしー(Tamassie)。
あの志村けんさんが見たことで知られる、情報量が極端に少ない幻の水棲UMAです。
― 多摩湖 ―
(多摩湖)
(original image credit: DS80s / CC BY-SA 3.0)
まずはタマッシーが棲むといわれる多摩湖から見ていきましょう。
多摩湖の正式名称は「村山貯水池」
名前からも分かる通り、自然にできた湖ではなく、東京都東大和市の狭山丘陵に造られた巨大な人造湖です。
1916年から建設が始まり、1927年に完成。
2027年には完成から100年を迎える、まさに昭和の東京を支えてきた歴史的な貯水池です。
西側の村山上貯水池と東側の村山下貯水池に分かれており、東京都内で他県にまたがらない湖としては最大。
現在では湖畔に緑が広がり、周辺には公園や遊歩道も整備されています。
美しい取水塔が湖面に浮かぶ光景は、多摩湖を象徴する風景のひとつです。
そんな一見すると穏やかな湖の水面に、かつて「日本のネッシー」が現れたというのです。
― 志村けんさんが見た「たまっしー」 ―
(image credit: CRYPTO)
タマッシーについて現在確認できる情報は、驚くほど少ないものです。
その数少ない記録のひとつが、オカルト評論家の山口敏太郎氏による証言です。
山口氏が小学生だった頃に読んだ小学館の学習雑誌に、芸能人の不思議体験として志村けんさんの体験談が掲載されていたといいます。
そこには、志村さんが地元・東村山市に近い多摩湖で「日本にもネッシーのような生物がいる」と語ったという内容が紹介されていました。
誌面には、目玉を飛び出させて驚く志村さんのイラストまで描かれていたそうです。
そして、その巨大生物につけられていた名前が「たまっしー」
当時はネッシーをはじめ、湖や海に潜む巨大生物が世界中で盛んに語られていた時代です。
そんな時代に人気絶頂の志村けんさんが「多摩湖にもネッシーがいる」と語れば、子供たちが夢中になったとしても不思議ではありません。
ところが、タマッシーについては、この雑誌の逸話以外に目立った目撃情報が見当たりません。
山口氏が当時の雑誌の記憶からサルベージしていなければ、タマッシーはそのまま忘れ去られていたかもしれません。
― 消えてしまった「目撃談」 ―
山口氏自身も、当時の雑誌を直接確認できないため、細かな描写については記憶に頼る部分があるようです。
また、志村さんがその後何十年にもわたってタマッシーについて語ったという記録も、ほとんど残されていません。
これはUMAとしてはかなり弱いところです。
そもそも昭和の児童向け雑誌では、芸能人の心霊体験やUFO体験などを、子供向けに面白く演出した記事が珍しくありませんでした。
実際に志村さん本人が多摩湖で巨大生物を見たのか。
雑誌側が話を作ったのか。
あるいは本人の何気ない体験や冗談を、大幅に膨らませたものだったのか。
現時点では判断できません。
2020年に志村さんが亡くなったため、本人に直接確認することもできなくなってしまいました。
だからこそタマッシーは、現在では「目撃談」というよりも、昭和の雑誌文化の中に残された奇妙な断片として存在しているUMAなのです。
― 人造湖に巨大生物は棲めるのか ―
では、実際に多摩湖へ巨大生物が潜んでいる可能性はあるのでしょうか。
ここはかなり厳しいと言わざるを得ません。
最大の理由が、多摩湖が人造湖であることです。
多摩湖が完成したのは1927年。
つまり、仮に巨大な水棲生物が存在するとしても、この湖が現在の姿になってから100年程度しか経過していません。
「何千年も前から湖の奥深くで生き続けてきた古代生物」という、ネッシー型UMAの定番設定とは、そもそも相性が悪いのです。
さらに多摩湖は水道水源として利用される貯水池です。
自然湖のように閉ざされた未知の環境がそのまま保存されているわけではなく、人間によって管理され、水が導入され、取水されています。
完成当初には多摩川の水を羽村取水堰から導水して貯水していました。
つまり、巨大な未知の魚が「大昔から多摩湖だけで繁殖していた」というシナリオを考えるのは、かなり難しいでしょう。
とはいえ、人造湖だから生物が存在できないという意味ではありません。
完成から100年近くが経過する間に魚類を含む生物が生息する環境は形成されています。
問題は「どこから来た、どんな生物なのか」ということです。
― タマッシーの正体は巨大魚? ―
もし志村さんが本当に水面上に「巨大な何か」を見たのだとすれば、候補としてまず考えられるのは巨大魚でしょう。
多摩湖周辺には魚類が生息しており、コイやナマズなど、大型化する魚も知られています。
また、多摩川水系では外来魚や観賞用・食用として持ち込まれた大型魚が話題になることもあります。
巨大な魚が水面近くを泳いだ場合、見えるのはその身体全体ではありません。
背中の一部や背びれだけが水面を切り、波紋と一緒に消えていく。
距離があれば、それだけで「巨大な生物が水中を移動している」という印象になってしまいます。
まして水面が風で波立っていれば、魚影と波の動きが重なり、実際以上に巨大なものに見えることもあります。
水鳥や複数の魚が同時に動いたものをひとつの巨大生物と誤認した可能性も考えられます。
ただ、目撃情報そのものが少なく、タマッシーの正体を探る手がかりはあまりにも乏しいのが現状です。
― 「多摩湖のネッシー」が生まれた時代 ―
タマッシーという名前が生まれた背景には、1970~80年代のUMAブームがあります。
当時はネッシーを筆頭に、「日本の○○ッシー」と呼ばれる水棲UMAが各地で話題になっていました。屈斜路湖のクッシーや池田湖のイッシーなど、海外の怪物に負けじと、日本の湖にも巨大生物の姿が求められた時代です。
多摩湖も例外ではありませんでした。
東京の巨大都市圏に隣接しながら、狭山丘陵の緑に囲まれた湖。水面は広く、湖底の様子をうかがい知ることはできません。人間が造った貯水池であっても、水面の向こうに何かが潜んでいると想像する余地は十分にあります。
そこへネッシーのイメージが重なれば、「多摩湖にも怪物がいる」という発想が生まれるのも不思議ではないでしょう。
ただ、タマッシーには、ほかの水棲UMAとは少し違うところがあります。
その存在を伝える手がかりが極端に少なく、目撃談として知られる話も、志村けんさんの体験談に行き着きます。
しかも、その話自体が当時の児童向け雑誌に掲載されたという記憶をたどるもので、肝心の誌面は確認できていません。
巨大生物が本当に泳いでいたのか。それとも、ネッシーブームのさなかに生まれた雑誌の逸話だったのか。今となっては、確かめるための手がかりさえ残されていないのです。
多摩湖は、古代から続く神秘の湖ではありません。人間が水を蓄えるために造り、管理してきた貯水池です。
それでも、広い湖面を眺めていると、その下に何かが潜んでいる光景を想像したくなる瞬間があります。
そして、もしその怪物を目撃したのが本当に志村けんさんだったとしたら――
「日本のネッシー」は、ずいぶん意外な人物に目撃されたことになります。
(参照サイト)
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