■小島ほどもある伝説の巨獣 ~ クラーケン
今回はクラーケン(Kraken)。
UMAファンならずとも、多くの人がその名を一度は聞いたことがある、計り知れないほどの知名度を持つ海棲UMAです。
― クラーケン ―
クラーケンは今でこそ全世界に知られる伝説のUMAですが、元々はデンマークの聖職者エリック・ポントピダン(Erik Pontoppidan)の著書『ノルウェー博物誌(Natural History of Norway, 1755年)』によって広く知られるようになりました。
ポントピダンはクラーケンを単なる空想ではなく、「多数の信頼できる目撃証言に裏付けられた実在の生物」として紹介しています。
彼の記述によれば、その巨体は海上に浮かぶ「小島」と見紛うほどで、周囲数キロメートルにも及ぶとされ、水兵たちが誤って上陸しようとしたという逸話すら残されています。
さらに恐れられていたのは、その攻撃性ではなく「沈降」に伴う現象でした。
クラーケンが海中へと沈み込む際、周囲に巨大な渦が発生し、近くの船を巻き込み飲み込んでしまう――それが最大の脅威とされたのです。
またポントピダンはこの生物を「多足類(Polypus)」の一種として分類しており、現代の視点では、彼が集めた証言の多くはダイオウイカ(Architeuthis)などの目撃情報が誇張・混同されたものと考えられています。
それまでクラーケンは、沿岸の漁師たちの間で語られる「海の怪異」に過ぎませんでした。
しかし、高い教養と権威を持つ聖職者が博物誌の中で真面目に記述したことで、その存在は一気にヨーロッパ全土へと拡散します。
「怪談」だったものが、「未確認生物」へと姿を変えた瞬間でした。
― クラーケン = 巨大頭足類 ―
ポントピダンが提唱したように、その大きさこそ誇張があれど、クラーケンの正体は頭足類、特にダイオウイカ(Architeuthis dux)やダイオウホウズキイカ(Mesonychoteuthis hamiltoni)ではないかと考えられています。
また、当時描かれた図番ではオオダコ等に解釈されていたものもあり、いずれにしても当時からクラーケンの正体は頭足類が有力視されていたのは事実です。
ところが歴史を紐解くと、実はクラーケン=頭足類、という図式は、とりわけポントピダン以降の解釈であり、それ以前は頭足類以外の生物もいくつも候補がありました。
頭足類ではありませんが、やはり腕(触手)の多い刺胞動物の巨大クラゲ説もあります。
クラゲはかなり巨大になるものもありますから決して不思議ではありません。
その他にも、意外なものでは甲殻類のカニやロブスターという説、海棲哺乳類のイルカやクジラ説も存在します。
もっとも意外なものではクラーケンの正体は棘皮動物の巨大なヒトデではないかというものです。
ポントピダンは現実的な頭足類(タコ)の性質を挙げながらも、その分類についてはヒトデの性質を強く意識していました。
彼によれば、クラーケンの腕はヒトデのように放射状に広がっており、当時の分類学の未発達さが、「巨大ヒトデ説」という現代から見れば不思議な解釈を生んだ背景にあると言えるでしょう。
― 巨獣ハーヴグーヴァの影 ―
ポントピダンがクラーケンを世に知らしめるよりも遥か以前、北欧の海にはすでにその「原型」とも呼べる怪物が存在していました。
それが中世アイスランドの文献『王の鏡(Konungs skuggsjá)』などに記された巨獣、ハーヴグーヴァ(Hafgufa)です。
その名は「海の霧」を意味し、海面に現れたその姿は岩や島と見間違えられるほど巨大だったと伝えられています。
しかし興味深いことに、このハーヴグーヴァは現代でイメージされるような触手の怪物ではありません。
当初はむしろ「超巨大なクジラ」の一種として語られていた存在でした。
伝承によればハーヴグーヴァは巨大な口を開け、そこから漂う匂いで魚を誘い込み、一気に飲み込むとされています。
これはヒゲクジラ類の捕食動作に似ています。
この「待ち構えて捕食する巨体」というイメージは、後のクラーケン像にも色濃く引き継がれていきます。
やがて時代が下るにつれ、北欧の海では奇妙な現象が報告されるようになります。
海岸に打ち上げられる巨大な触手や、正体不明の軟体生物の残骸――
それらは現在でいうダイオウイカの一部であった可能性が高いと考えられています。
こうした「実在する異様な断片」と、古くから語られてきたハーヴグーヴァの巨体伝説が結びついたとき、怪物の姿は静かに書き換えられていきました。
巨大なクジラのような存在は、やがて無数の腕を持つ異形へと変貌していきます。
16世紀頃には、すでに多足の海洋怪物としての記述も現れ始め、クラーケンのイメージは徐々に「頭足類的なもの」へと収束していきました。
つまりクラーケンとは、単一の生物ではなく――
クジラという現実、そして巨大頭足類という異物、その両者が長い時間をかけて重なり合った結果として生まれた存在ともいえるのです。
ポントピダンの『ノルウェー博物誌』は、そうした曖昧な怪物像にひとつの輪郭を与えました。
「クラーケン=多足の巨大生物」という現在に続くイメージは、この時代にほぼ固定されたと考えられています。
― アレクトン号の衝撃 ―
ポントピダンがクラーケンを「博物学」の俎上に載せてから約100年。
近代科学が進むにつれ、この怪物は再び「船乗りの法螺話」として扱われるようになっていきました。
あまりに巨大すぎるその姿は、合理的に説明できないものとして切り捨てられていったのです。
しかし19世紀後半、その前提を揺るがす出来事が起こります。
1861年、フランス海軍の砲艦アレクトン号(Alecton)が、カナリア諸島近海で巨大な頭足類と遭遇しました。
乗組員たちはこれを捕獲しようと、砲撃や銛での攻撃を試みます。
しかし、その体はあまりに巨大で、かつ軟らかく、引き上げの途中で千切れてしまいます。
最終的に回収できたのは、わずかな一部のみでした。
それでも、この遭遇は決定的でした。
「巨大な頭足類」は、もはや否定しきれない存在となったのです。
その後、ニューファンドランド島などで巨大な触手や死骸の漂着が相次ぎ、研究は一気に進展します。
やがて、それらはダイオウイカという実在の生物として整理されていきました。
小島ほど、という表現は誇張だったのかもしれません。
ですが――
海の底に、理解の外にある巨大な何かが潜んでいる。
その感覚だけは、最初から間違ってはいなかったのかもしれません。
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