■塔を登る青い影 ~ ア・バオア・クー (ア・バオ・ア・クゥー)
今回はア・バオア・クー (Á Bao A Qu)。
えっ、それって「あのガンダムの最終決戦の要塞でしょ?」――そう思われた方、惜しいです!
確かにそちらもア・バオア・クーですが、もともとはインドの幻獣の名前。
戦艦でも宇宙要塞でもなく、もっと静かで、もっと地味~な存在なんです。
― 青く光る「未完成のもの」 ―
物語の舞台は、インド北西部ラージャスターン州の古都チトール。
そこに実在する「勝利の塔(Vijaya Stambha)」は、15世紀に建てられた高さ約37メートルの石造の塔。
九層に重なるその構造は、まるで人間の精神の階層を象徴しているかのようです。
そして、その塔のどこか――人目の届かぬ階段の隙間に、「ある存在」が棲んでいると語られています。
そう、それが、ア・バオア・クー。
普段は塔の最下段で眠っており、塔を登る者が現れると目を覚まします。
そしてゆっくりと後をつけて階段を這い上がります。
元々は形もなければ色もない存在であるア・バオア・クー、
しかし、階段を一段登るごとにア・バオア・クーの体は青く輝きを増していくのだとか。
そして頂上にたどり着き、その者が涅槃 (ねはん / ニルヴァーナ) に達した時、初めて、ア・バオア・クーは完全体として光り輝くといわれています。
しかし涅槃に達した巡礼者は今までただの一人だけ。
ア・バオア・クーは登る者が完璧でないことを悟ったとき、その光は瞬く間に失われてしまいます。
光を失ったア・バオア・クーは、階段を転げ落ち、再び眠りにつきます。
塔の下で、「完全」な巡礼者が現れるのを夢見ながら。
なんとも哀れで、けれどどこか滑稽で人間臭さがあります。
― ボルヘスの「創られた伝承」 ―
古代インドから伝わる神秘の存在――
と、思いきや、実はこの話、意外と新しいんです。
ア・バオア・クーを世に広めたのは、アルゼンチンの作家 ホルヘ・ルイス・ボルヘス。
1957年刊行の「幻獣辞典 (The Book of Imaginary Beings)」に登場し、「インドの古い伝説」として紹介されています。
けれど、いくら調べても、インドのどの文献にも「ア・バオア・クー」という名は見つかりません。
つまり――
この神秘の伝承は、ボルヘスが文学的なフィクションとして創り出した幻獣だったんです。
それでも、不思議なことに、人々はその「架空の伝説」を「本当の伝説」として語り継ぎ、いつの間にか、ア・バオア・クーは「古代インドの霊的存在」に格上げされてしまいました。
フィクションが時間をかけて神話になる――
その現象そのものが、まるでア・バオア・クーが塔を一段ずつ登っていくように、少しずつ現実へと近づいていったのかもしれません。
― ア・バオア・クーは今も登っている ―
ア・バオア・クーは、「完全」を夢見る存在。
塔を登るものが完璧でない限り、彼もまた完成しません。
考えてみれば、私たちも似たようなものです。
理想に手は届かず、光になりきれず、それでも一段ずつ努力し、そして階段を登っている。
もしかしたら、ア・バオア・クーとは「努力の副作用」なのかもしれませんね。
― 「ア・バオア・クー」という名の真実 ―
ちなみに、「ア・バオア・クー」という不思議な響き、実はボルヘスがインドっぽく聞こえるよう、完全にノリだけで付けたといわれています。
つまり、そこには意味も起源もない――けれど、響きだけで伝説になった。
そう考えると、ア・バオア・クーは、世界でいちばん成功した「音感だけの幻獣」なのかもしれません。
だからこそ、今日もどこかで――
「ア・バオア・クーって、ガンダムだっけ?」という会話が生まれるたびに、彼は階段を、またひとつ上っているはずです。
未完成のまま、いや、未完成だからこそ伝説になれたのかもしれません。
そう考えると、ア・バオア・クーは「完全」を夢見ながら、すやすやと眠っているのが、彼なりの「完成形」なのかもしれませんね。
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