(image credit: CRYPTO)
■学校に現れた黒い小人 ~ ボツワナ・ツィディ(セクション2)
セクション1の続き。
― 「集団ヒステリー」だけでは説明できないもの ―
では、ボツワナ・ツィディは集団ヒステリーだったのでしょうか。
当時の教育当局が集団ヒステリー(Mass Hysteria)、あるいは集団心因性疾患(Mass Psychogenic Illness)の可能性を指摘したことは重要です。
特に、試験前という強いストレス環境、最初の目撃から短時間で恐怖が広がったこと、そして大勢の児童がパニック状態に陥ったことは、この説明と整合します。
しかし、それだけで「怪物を見たという証言はすべて幻覚だった」とまではいえません。
最初の児童が何を見たのか。
本当に生物がいたのか。
動物や人間、影、あるいは別の何かを見間違えたのか。
その最初の出来事について、決定的な証拠は残されていません。
― 黒い小人の正体は、野生動物だったのか ―
(チャクマヒヒ)
(image credit: Charles J. Sharp / CC BY 2.5)
ここで少し、実在する動物の可能性についても考えてみましょう。
事件の舞台となったマウンは、オカバンゴ・デルタに近く、野生動物と人間の生活圏が隣り合う土地です。
南部アフリカに広く生息するチャクマヒヒ(Papio ursinus)は、ヒヒの仲間でも最大級の種類で、成獣はかなり大柄になります。
基本的には四足歩行ですが、後ろ足で立ち上がることもあり、毛色も灰褐色から暗い色までさまざまです。
もし、こうした動物を薄暗い場所や茂みの向こうに一瞬だけ見かけたとしたら、正体を誤認することはあるかもしれません。
そして、候補としてもうひとつ、少々奇妙な霊長類を紹介しましょう。
(ショウガラゴ)
ショウガラゴ(Galago senegalensis)です。
大きな丸い目に、長い後ろ足。夜の木々を跳び回る姿は、サルというより、どこか妖怪めいています。
種類によっては、人間の赤ん坊の泣き声を思わせるような、奇妙な鳴き声を上げることでも知られています。
体色こそ異なりますが、小柄な体格と独特の容姿は、正体不明の小人を連想させるものがあります。
― ボツワナ・ツィディは何だったのか ―
ボツワナ・ツィディが、本当に存在したのかは今になっては知る由もありません。
最初に児童が見たものが、本当に生物だったのか。
それとも、人影や動物などを見間違えたのか。
あるいは、試験を目前に控えた緊張や不安、疲労などが重なり、そこにいないものを見た――つまり幻覚だったのか。
当時、教育関係者からは「集団ヒステリー」や集団心因性疾患の可能性が指摘されました。
しかし、それによって最初の目撃まで説明できるわけではありません。
最初に「黒い生物を見た」と訴えた児童が、いったい何を見たのか。
そこだけは、今も分からないままです。
― 恐怖が怪物を生み出す? ―
ただ、この事件で興味深いのは、怪物の正体よりも、恐怖が広がっていった過程です。
一人の児童が「見た」と声を上げる。
すると、その話を聞いた周囲の児童も恐怖を感じ、やがて複数のクラスを巻き込む騒ぎへと発展していきました。
これは、誰かが嘘をついたという話ではありません。
人間の認識は、周囲から得た情報によって変化することがあります。
最初は正体の分からなかった「何か」が、黒い生物になり、小さな怪物になり、最後には「学校に怪物がいる」という一つのイメージとして共有されていく。
仮に最初の目撃が見間違いだったとしても、その後に生まれた恐怖まで偽物だったとはいえないでしょう。
そして、これは2013年のボツワナだけの話ではありません。
学校や職場でのストレス、睡眠不足、人間関係への不安など、現代社会にも心身へ負担をかけるものはいくらでもあります。
そんな環境で誰かが「見た」と言えば、その情報は一人の体験では終わらない。
今なら、それをスマートフォンで簡単に共有できます。
誰か一人が「見た」と言う。
それを別の誰かが信じる。
さらに別の誰かが、その話を誰かに伝える。
証言や噂が重なるうちに、最初は一人の目撃にすぎなかった怪物は、やがて誰も正体を確かめていないにもかかわらず、まるで実在するかのような存在感を持ちはじめます。
怪物が存在するための条件――
最初に「見た」と言う人が、一人いればいい。
(参照サイト)
VnExpress - "Học sinh châu Phi hoảng loạn vì 'sinh vật hình nhân'"(ボツワナ地元紙『The Voice』報道引用記事)
(関連記事)



.jpg)
.jpg)










.jpg)


.jpg)



.jpg)










