空を埋め尽くさんばかりに飛び交うバッタの群れ、誰でも一度はテレビなどで見たことがあるでしょう。
このバッタが大群衆のことを飛蝗 (ひこう) といいます。
大群を形成するバッタの仲間は、低密度で育つと孤独相 (こどくそう)、高密度下で育つと群生相 (ぐんせいそう) 呼ばれる成虫になります。
大群になるのはこの群生相で育ったバッタです。
孤独相から群生相に一代で変化することは出来ず、数世代を経て群生相のバッタになります。
そのへんで見かける日本にいる緑色のトノサマバッタは孤独相のものですが、高密度環境で育てばちゃんと群生相に育ちます。
これは幼虫の糞に含まれる揮発性のフェロモン、ローカストール (locustol) によるものです。
高密度で幼虫が生息している環境ではその一帯の空気中に放たれるローカストールの量が増加し、空気中に含まれるローカストールの濃度も高くなります。
この高濃度のローカストールを気門から体内に取り込んだ際に孤独相から群生相への相変異が促されるというわけです。
ただし、一代で完全な群生相のバッタが完成するわけではなく、高密度下のバッタが数世代経て、完全な群生相のバッタが誕生します。
群生相として育つと、体色は黒っぽくなり、飛ぶのがメインのためバッタのトレードマークといえる大きな後ろ脚は短く、そして羽根は相対的に大きなものになります。
つまり、体に比して羽根が大きくなるので、非常に飛ぶのに適した体型となります。
孤独相と群生相のバッタは、同じバッタとは思えないほど見た目が変異しますが、それはからだの内部構造にまで及びます。
群生相が産む卵は孤独相のものと比べ数が少なく大きいという特徴があるのです。
生まれてくる幼虫ははじめから脂肪を多く蓄えており飢餓にも強くなります。
また、幼虫共々、群生相のバッタは黒っぽい色をしていますが、体が黒いことにより輻射熱 (ふくしゃねつ) の吸収が増し、より代謝が活発になることで短期間で成長することが可能となります。
こういった複合的な理由により、群生相の親から生まれたバッタは著しく死亡率が下がり、成虫になる確率は20%ぐらいに跳ね上がります (孤独相は2%未満)。
このような相乗効果により、バッタの群れは短期間で恐ろしい数に膨れあがることが出来ます。
東アフリカでは、ひとつの群れだけで1120億匹と見積もられたサバクトビバッタの飛蝗もあるほどです。
さて、バッタの大群=アフリカというイメージがありますが、そんなことはまったくなく世界中いたるところで発生しています。
その中でももっとも巨大な飛蝗を形成したのは、ロッキートビバッタ (Melanopolus spretus) であったといいます。
ロッキートビバッタは北米に生息していたトビバッタの仲間で、18世紀以降、たびたび大発生しては農村に甚大な被害を与えた記録が残っています。
19世紀に入るとそのペースは上がり、ほぼ10年に1度というペースで大発生を繰り返しました。
そして1874年に発生したロッキートビバッタの飛蝗は、12兆匹以上、推定重量2750万トンという文字通り天文学的な数に膨れ上がりました。
いかなる巨大な飛蝗でもいずれ収束します、この飛蝗も例外ではありません。
そして何世代か経てまた大量発生する、それがトビバッタのサイクルです。
しかし、ロッキートビバッタが飛蝗を形成することはその後ありませんでした。
飛蝗どころか、ロッキートビバッタを単体で目にすることすら稀になってきました。
そしてトビバッタ史上最大の飛蝗からわずか30年後の20世紀初頭、ロッキートビバッタは完全に絶滅してしまいました。
12.000.000.000.000匹がわずか30年で0匹、意図的に駆除しようにも不可能な数だけに彼らの身に何が起きたのでしょう?
飛蝗からくるバイオレンス的イメージとは異なりロッキートビバッタの繁殖は非常にデリケートであったといい、土地の開発により繁殖地が荒らされたのが絶滅の最大の原因と考えられています。
ロッキートビバッタの絶滅は、人間がいかに脅威的な存在かを示す顕著な例といえます。
(参照文献)
動物たちの生き残り戦略 /伊藤嘉昭, 斉藤隆, 藤崎憲治 著
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