■撃ち殺された50億羽 ~ リョコウバト
かつて北米大陸に50億羽以上もいたといわれるリョコウバト (Ectopistes migratorius)。
体長は40センチほど、名前の通り渡りをするハトでその季節ともなると想像を絶する大群を形成し、春は北へと冬は南へと大移動を繰り返しました。
「真昼の太陽は日食のように曇っていた」
アメリカの画家にして鳥類学者ジョン・ジェームズ・オーデュボン (John James Audubon) はリョコウバトの群れが通り過ぎる空をこう表現しました。
またリョコウバトは「もっとも美しいハト」と呼ばれることもあります。
絶滅した事実から感傷的な意味合いも込められている可能性はありますが、鮮やかに染まったオレンジ色の胸部は目を見張るものでした。
しかし、一部の鳥類学者をのぞけばこのハトの容姿に興味を抱くものは皆無だったといえます。
それはあまりに数が多すぎ、あまりにありふれた存在だったからです。
冒頭で述べた「50億」という数字がどれぐらい正確なものかは分かりませんが、オーデュボンにいたっては1兆羽以上と見積もったほどです。
とにかく夥 (おびただ) しい数のリョコウバトが当時生息していたことだけは確かです。
まるで日食のように太陽を覆い隠すリョコウバトの群れ、一説には300マイル (約500キロ) の長さを誇ったとも言われています。
しかし、この膨大な数がリョコウバトにとって後々仇となります。
これだけ数がいればいくら殺しても平気だろうと。
リョコウバトは渡りをするため筋肉がよく発達しており、非常に美味だったことで狩猟の的となっていたのです。
オーストラリアに渡ったヨーロッパの移民たちがオーストラリアのあらゆる野生動物に対し未曾有の大量虐殺を繰り広げたのと同様、北米に渡った移民たちもまたリョコウバトの虐殺をはじめます。
折り重なるように木の枝に止まる無数のリョコウバトを見つけるや、移民たちは銃を向け、ときには棒で殴り殺し、群れを根こそぎ狩り続けました。
あまりに殺しすぎたため、持って帰ることができず、食事兼掃除係として家畜のブタをその場に放ったという逸話もあるほどです。
しかしリョコウバトは数は多かったものの、非常に繁殖力の弱い鳥であることに移民たちは気付いていませんでした。
19世紀初頭、オーデュボンがオハイオの空をリョコウバトの大群が飛び去っていく姿に感動をしてわずか数十年後、その数は取り返しが付かないほど激減していました。
1860年代以降、焦った各州でリョコウバトの保護に関する条例が次々に制定されたものの、その効果は全くなく移民たちはリョコウバトの虐殺をやめようとはしませんでした。
1890年代に、わずかに残ったリョコウバトの群れもハンターの餌食となり次々と消えていきました。
そしてついに1896年、25万羽まで数を減らした最後のリョコウバトの群れがオハイオに集結しました。
25万羽という数は50億羽の0.005%に過ぎず、繁殖力の弱いリョコウバトにとってすでに回復不能な数だったかもしれません。
とはいえここで踏みとどまれば現在でもリョコウバトを見ることができたかもしれません。
しかし移民たちは最後のチャンスもふいにします。
リョコウバトの大きな群れがオハイオにいると聞くや、ハンターたちはオハイオに大集結し無慈悲に24万羽以上を撃ち殺したといいます。
残りはもうわずかです。
19世紀中にほぼ完膚無きまで虐殺されたリョコウバトですが、20世紀まで生き残った野生の個体3羽が生け捕りにされ動物園に展示されました。
唯一のメスの個体には、アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンの妻の名が与えられました、マーサ (Martha) です。
1907年以降、野生のリョコウバトは目撃されておらず、動物園のオスの2匹も死んでしまうと、文字通りマーサは「最後のリョコウバト」となります。
かつてリョコウバトを見つけるや鉛の弾を打ち込むか棒で殴り殺していた移民たちですが、最後のリョコウバト、マーサだけは大切に扱いました。
しかし、残っているのはメスの個体が1羽だけ、いくら大事に扱おうと絶滅を免れることは決してありません。
そして1914年の9月1日のこと、マーサは掴まっていた止まり木からポトリと落ちたのです。
マーサのそしてリョコウバトの最期が訪れた瞬間でした。
氷漬けにされたマーサの遺体はスミソニアン博物館に送られました。
彼女の遺体は一般展示されず、入れられたケースのラベルにはこう記されています。
「リョコウバト最後の個体 成鳥、メス、1914年9月1日シンシナティ動物園にて死亡、年齢29歳」
オーデュボンによれば、リョコウバトの群れは3日間途切れることがなかったといいます。
そして途切れることなく聞こえてくるリョコウバトの羽音についてこう記しています。
「絶え間ない羽ばたきの音は、わたしの心を和らげ、鎮めてくれるようだった」と。
その羽音は移民たちの心に最後まで響くことはなかったようです。
(参考文献)
失われた動物たち
世界動物発見史
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どこまで行って何をすれば、人類の積み重ねてきた悪行を償うことができるのでしょうね?
返信削除それにしても、50億羽を超える数と弱い繁殖力…
今の人類と似た状況だと思いませんか…?
たまたまこれはアメリカの話なのでこれだからアメリカ人は、、、って思っちゃう人もいるかも知れませんが、たとえば日本でも絶滅寸前といってもウナギを食べるのやめませんし、どこの国もかわりませんよね。
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