■ここならタスマニアタイガーは生き残っている ~ ドブセーニャ (ドブセグナ)
今回はドブセーニャ (Dobsegna)。
ドブセーニャのまたの名はニューギニア・サイラシン (New Guinea thylacine)、つまり「ニューギニアのタスマニアタイガー」とも呼ばれる通り、タスマニアタイガー (フクロオオカミ, Thylacinus cynocephalus) によく似た特徴を持つ有袋類系のUMAです。
一般的にタスマニアタイガーはタスマニア島の首都ホバートの動物園で展示されていたベンジャミンが1936年に亡くなったのをもって絶滅したと考えられています。
(サイラシンことタスマニアタイガー)
但し、野生個体はその後も若干数生き残っていたのではないか?と考える研究者もおり絶滅時期を1950年代とする説や、また最近の研究では2000年前後まで生きていたのではないか、なんてのもあります。
いずれにしても人気のある生物で現在でも毎年数件の目撃情報が寄せられています。
ドブセーニャはニューギニアで目撃されるタスマニアタイガー (に似た生物) というなら、そもそもニューギニアに棲息していたのか?という疑問を持つ人がいるかもしれません。
実はタスマニアタイガーはオーストラリア本土はもちろんのことニューギニア島でも繁栄していました。
但しこちらはタスマニア島よりはるか昔の3200年ほど前に人間が持ち込んだディンゴ (Canis lupus dingo) との競争に敗れ絶滅したと考えられています。
(ディンゴ)
(image credit by Wikicommons)
まあこういった経緯もありニューギニアでタスマニアタイガー生存説があっても一応いいわけです。
ドブセーニャの目撃情報が多く寄せられる地域のひとつにニューギニア島南部のギルウェ山 (Mount Giluwe) やバリエム渓谷 (Baliem Valley) が挙げられます。
いずれも高地で人が訪れることも稀でありドブセーニャにとっては好都合、その正体がタスマニアタイガーだとすれば、むしろタスマニア島よりも生き残っている可能性が高いのではないか?と考えられています。
探検家のラルフ・キーゼル (Ralf Kiesel) 氏は地元住民からタスマニアタイガーによく似た背中に縞模様を持つ犬によく似た動物の話を収集しており、また彼の現地の友人、ヤン・サラカン (Jan Sarakang) 氏の遭遇体験はその存在をより補強します。
1970年代初頭、サラカン氏はプンチャク・ジャヤ (Puncac Jaya) の標高2400メートルの地点で地質学者たちと共にキャンプを設営していたときのことです、テントのそばで夕食を食べていると見慣れない動物が2頭、茂みから出てきました。
その大きさから一匹は成犬でもう一匹は幼犬と思われました。
彼らは明らかに食べ物の臭いに誘われて現れたようで、サラカン氏らの周りを6メートルほどの距離を取ってうろうろしていました。
警戒心を解かない親に対し、子犬の方は食べ物の誘惑に負けサラカン氏たちの方へと近づいてきました。
キャンプグループのひとりが子犬にご飯をあげようとすると、他の人物が子犬を捕まえようとしたためそのまま親子共々逃げてしまい二度と現れることはなかったといいます。
なんて余計なことをしたもんだと思いますが、このときサラカン氏ははっきりとその姿を脳裏に焼き付けていました。
その親子は青白い体毛をしておりタスマニアタイガーのトレードマークである背中の縞模様はありませんでしたが、非常に長く大きな口、また鞭のような固く柔軟性のない尾はタスマニアタイガーを彷彿とさせるものでした。
この地域にはニューギニアにはレア犬種、ニューギニアン・シンギング・ドッグ (Canis lupus hallstromi) が棲息しているもののサラカン氏の目撃した謎の犬のような特徴はありません。
(ニューギニアン・シンギング・ドッグ)
(image credit by Wikicommons)
サラカン氏が「背中に縞模様があった」といった無理にタスマニアタイガーに寄せた発言をしていないところがより信憑性を高めますね。
数ある地元住民による目撃証言の中にはシンギング・ドッグの誤認も含まれている可能性は排除できませんがサラカン氏の証言はこの犬の誤認ではないでしょう。
ちなみにこのシンギング・ドッグはディンゴと近縁で、「歌う犬 (singing dog)」と呼ばれる所以は吠えずに歌うような独特の発声方法に由来します。
ドブセーニャは2000年以降も目撃の続くUMAで、目撃される地域は人跡未踏とまでは言いませんが気軽に訪れることができる場所ではなく、未知の生物が潜んでいても不思議ではありません。
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ニュージーランドにタスマニアタイガーっておかしいですね。
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