■お前らは人間じゃない!人類に紛れ込む偽人間 ~ フェイク・ヒューマン(スード・ヒューマン)
「何だ今すれ違ったヤツ……変な雰囲気してたな……。
もしかして人間じゃないんじゃないか?」
さて以前にノット・ディアを紹介しました。
アパラチアの民間伝承系UMAで、その名の通り「鹿じゃない」です。
見た目は鹿そっくりなのに、よく見てみると「なにかが」おかしい。
そもそもノット・ディアは野生動物であるのに人間を恐れません。
違和感は雰囲気だけではありません。
目がひとつであったり3つであったり、蹄の代わりにかぎ爪を持っていたり、人間の手を持っていたり。
彼らは人間を欺こうと無害な鹿に変装しているのです。
その目的は人間を狩るため……。
さて、今回はノット・ディアの人間バージョン、ノット・ヒューマンならぬフェイク・ヒューマン(Fake humans)。
スード・ヒューマン(Pseudo humans)やフェイク・ピープル(Fake people)とも呼ばれます。
呼び方こそ違えど意味はどれもほぼ同じ、「偽人間」です。
― 人間に似ているが、人間ではない ―
ノット・ディアとタイプ的に似ており、人間に偽装しているものの、よーく見てみるとやはり「なにかが」違う。
それは直感的な違和感かもしれませんが、その正体ははっきりしないといいます。
姿形は人間そっくり。
しかし、ちょっとした仕草にズレがある。
例えば、異様に瞬きをしない。
静止している時間が不自然に長い。
呼吸が少ない、あるいはしていないように見える。
精巧に作られた人間型ロボット、あるいは人形のような存在。
フェイク・ヒューマンとは、そんな存在です。
現在、人間型ロボットは驚異的な速度で進化していますが、どれほど精巧であっても、現時点では違和感を察知するのに時間はかかりません。
しかしフェイク・ヒューマンは、それらをはるかに超越するほど人間に近いとされています。
シャドーピープルのような存在とは明確に異なります。
なにしろ外見は、ほぼ完全に人間なのですから。
― 都市伝説か、それとも現実の前兆か ―
……とはいえ、もちろんこれは都市伝説です。
人間社会に「人間そっくりの非人間」が紛れ込んでいるという発想は、サイエンス・フィクションの定番でもあります。
映画「ボディ・スナッチャー」などは、その典型例でしょう。
一方で、フェイク・ヒューマンが現実に存在し、社会に溶け込んでいると信じる人々も一定数存在します。
信じるかどうかは、個人の自由です。
冒頭のように、
「今のヤツ、なんかおかしかったな……」
「もしかしてフェイク・ヒューマンか?」
そんなふうに考える程度であれば、UMAと同じくひとつの娯楽とも言えるでしょう。
ただし。
この考えに深くのめり込みすぎると、現実認識に影響を及ぼす可能性もあります。
その点は冷静に線引きしておく必要があります。
― 本当に来るのは「人間と区別できない存在」 ―
興味深いのは、むしろ現実のほうです。
AIによって生成される人間の映像は、すでに実在の人物とほぼ区別がつかないレベルに到達しています。
現時点ではまだ、どこかに違和感を覚えることがあります。
これがいわゆる「不気味の谷現象」です。
しかしその違和感も、あと数年で消える可能性があります。
仮にフェイク・ヒューマンが実在したとして。
我々は観察によってその違和感を見抜ける、と考えがちです。
ですが近い未来、その前提自体が崩れるかもしれません。
違和感すら発生しない「完全な偽人間」。
それはもはや、見抜くことすら不可能な存在です。
人間と区別できるだけ、フェイク・ヒューマンのほうが、まだ“まし”なのかもしれません。
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