このブログを検索

2026年1月27日火曜日

死んだ友人からのSNS ~ 死の上書き保存



■死の上書き保存


現実が「確定した過去」を静かに書き換えてしまう。

今回はそんな話です。

― 友人の「死」 ―


2003年、私は学生時代の友人が亡くなったことを知りました。

知らせてきたのは、彼の婚約者の友人でした。

「寝ている間に亡くなった」と。

年齢は23歳。

あまりにも若すぎる死でした。

私は念のため、薬物や事故の可能性を尋ねましたが、いずれでもないとのことでした。

彼女は深く落ち込み、亡くなったことを何度も口にしていました。

なにより、2人はつい最近、婚約したばかりだったのです。

計り知れない精神的ダメージを受けていました。

― 共有されていた記憶 ―


私は結局、弔意の言葉を送りませんでした。

何と言葉をかければいいのか分からなかったからです。

数年後、共通の友人と会話した際、私はその話題を出しました。

彼は一瞬、表情を曇らせ、話題を変えました。

その反応で、私は確信しました。

彼の死は、今でも触れてはいけない出来事なのだと。

― 不自然な再登場 ―


それからさらに年月が経ち、驚くべきことが起きました。

「死んだ友人」からSNSの友達申請を受け取ったのです。

正直、あまりに悪質すぎるなりすましだと思いました。

もしかすると詐欺の可能性もある――
私は無視しました。

しかし、つい最近 (2023年) になって知ったのです。

彼は――
死んだはずの彼は――
生きていました。

― 書き換わった現実 ―


彼は、かつて婚約していたあの女性と結婚していました。

――かつて私に彼の死を伝えてきた、あの女性と。

写真も履歴も、現在の人間関係も、すべてが自然に繋がっています。

まるで、最初から「死んでいなかった」かのように。

― 消えた記憶 ―


私は例の共通の友人に、かつての会話を覚えているか確認しました。

彼は困惑した顔で、こう言いました。

「そんな話、した覚えがない」

彼にとって、その死は存在していなかったのです。

― 死の上書き保存 ―


誰が嘘をついたのでしょうか。

婚約者の友人か。
共通の友人か。

それとも――
単に私自身が狂っているのか。

しかし、複数人が関わり、感情まで伴った「死の記憶」が、ここまで鮮明に共有されていた事実を、

単なる勘違いで片付けることができるでしょうか。

私は彼の死を確信しています。

彼は一度、確かに「死んだ」。

私は考えます、誰がその死に上書き保存を加えたのだろうかと――

(参照サイト)
reddit/

グリッチ・イン・ザ・マトリックスの世界をもっと知る



UMA探しの旅は終わらない (国内外1000体以上のUMAが待っています)


(関連記事)

0 件のコメント:

コメントを投稿