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2026年2月14日土曜日

聖なる鳩を爆弾に詰める狂気 ― プロジェクト・ピジョン(プロジェクト鳩)


■聖なる鳩を爆弾に詰める狂気 ― プロジェクト・ピジョン

現在、世界中で鳩は平和のシンボルとされています。

しかし、それは第二次大戦後に広まったもの――

むしろ鳩は「軍用鳩(ミリタリー・ピジョン)」のイメージがありました。

今回はそんな時代の「狂気のプロジェクト」を見ていきます。

― 爆弾の中で夢を見るもの ―


第二次世界大戦中、アメリカは「生きた誘導装置」を本気で兵器に組み込もうとしていました。

それは比喩ではありません。

爆弾の先端には、電子回路ではなく、訓練された鳩が座る予定だったのです。

プロジェクト・ピジョン(プロジェクト鳩)――

行動心理学者B・F・スキナーは、この発想を狂気だとは考えていませんでした。

むしろ当時の技術水準を前にすれば、極めて現実的な選択肢のひとつだったのです。

― 爆弾の先端という居場所 ―


試作された誘導装置の内部は、決して広いものではありませんでした。

鳩たちは羽ばたいて暴れないよう、体を包み込む拘束具に収められていました。

外から見ると、それは靴下のようにも見えたといいます。

半円状の布の中に固定され、首だけを前に出し、ただスクリーンを見つめ続ける。

ミサイルの鼻先に、そうした「靴下に入れられた鳩」が3羽、並んで座る光景は、視察に訪れた軍関係者の記憶に、強い違和感として残りました。

兵器は通常、威圧的であるべきものです。

しかしそこにあったのは、あまりに生活感のある狂気でした。

― 欲望によって動く誘導装置 ―


鳩たちを動かしていたのは、忠誠心ではありません。報酬でした。

スクリーンを正確に突けば、種子が与えられる、ただそれだけの仕組みです。 

しかし、その報酬設定には、行動心理学の冷徹な計算が隠されていました。

爆弾が標的に近づき、スクリーンの像が大きくなるにつれ、報酬の頻度が加速するように設計されていたのです。

標的に激突するその数秒前、給餌器のゲートは全開になり、鳩は人生で最大のご馳走にありつけるよう設計されていました。

彼らにとって、死の瞬間は「絶望」ではなく、欲望が満たされる「至福の絶頂」として再定義されていたのです。

爆弾の進路は、計算式でも、レーダーでもなく、死の直前に約束された「最後の一粒」を熱狂的に求める、小さな欲望によって修正されていたのです。

当時の最先端兵器が、一羽の鳩の狂信的な集中力に全幅の信頼を置いていたという事実は、後世から見れば、ほとんど恐ろしい寓話のようにも感じられます。

― 忘れなかったもの ―


この計画は、実戦投入されることなく中止されました。

しかし、それで話が終わったわけではありません。

数年後、スキナーは、かつての「パイロット」たちを再びスクリーンの前に座らせています。

長い空白の時間があったにもかかわらず、鳩たちは迷うことなく、正確に標的を突き始めました。

まるで、時間という概念が存在しないかのようでした。

スキナーはこの様子を、誇らしげに語ったとも、どこか寂しげだったとも言われています。

生き物は、電子機器よりも遥かに忠実な記憶装置だったのです。

― ペリカンの喉袋 ―


この誘導爆弾は「ペリカン」と名付けられていました。

巨大な嘴を思わせるノーズコーンの内部には、当時の最新鋭の電子機器が詰め込まれていると信じられていました。

その奥に、布に包まれた3羽の鳩がいるとは、誰も想像していなかったのです。

レーダーでも、真空管でもありません。

ただ、スクリーンと、くちばしと、欲望。

それだけで、爆弾は標的へ向かうはずでした。

― 宙に浮いた絶頂 ―


結局、このプロジェクトで「名誉の戦死」を遂げた鳩は、一羽もいませんでした。

実戦投入が却下されたことで、彼らは「死の瞬間に至福の報酬を得る」という学習のゴールを奪われたのです。

彼らにとって、戦後の平和な毎日は、ただただ「期待した報酬がいつまでも訪れない、退屈な空白」に過ぎなかったのかもしれません。

科学が生んだこの歪なシステムは、誰の血も流すことなく、ただスキナーのガレージで静かに時を重ねることとなりました。

UMA探しの旅は終わらない (国内外1000体以上のUMAが待っています)


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