■日本版バックルーム ~ きさらぎ駅
今回は「きさらぎ駅(Kisaragi Station)」。
海外でバックルームが爆発的に注目される以前から、日本にも同様の都市伝説的空間の噂が存在しました。
その代表例が、この「きさらぎ駅」です。
― 異界へと続く線路の果てに ―
2004年の冬、静岡で一人の女性が体験した不可思議な出来事が、インターネット上に刻まれています。
日常的に利用する公共交通機関は、正確で合理的、そして安全という信頼の上に成り立っています。
しかし、その強固なシステムにわずか一つの「バグ」が生じたとき、列車は物理法則を無視し、日常の裏側へと滑り込むことがあるのです。
彼女が新浜松駅から乗り込んだ遠州鉄道の列車は、午後11時を過ぎ、いつも通りの帰宅路を進むはずでした。
しかし「いつもなら5分程度で停車するはずが、20分以上走り続けている」という書き込みが、異常の始まりを告げます。
暗闇の中を疾走する列車が辿り着いたのは、地図にも路線図にも存在しない「きさらぎ駅」でした。
街灯一つなく、深い森に囲まれた無人のプラットホーム。
時計の針は止まり、GPSは現在地を拒絶します。
この空間を支配するのは静寂ではなく、奇妙な「音」の粒子です。
遠くから微かに聞こえる太鼓の音は、祭りの賑わいとは隔絶された、儀式的で不穏なリズムでした。
暗闇から現れた片足だけの老人が発した「線路を歩いたら危ないよ」という警告は、親切心ではなく、獲物を追い詰める捕食者の最後通牒のように響きます。
― 異形なる住人たちと色彩の歪み ―
きさらぎ駅の周辺に潜む存在は、私たちが知る生物の形を逸脱しています。
湿った粘土と古びた死装束を混ぜ合わせたような、不快な白さを纏い、皮膚はひび割れ、その隙間から赤黒い体液が滲み出します。
眼球は白濁し、視線はどこも見ていないようで、獲物の「魂の震え」だけを察知します。
質感はカビの生えた古い和紙のようで、深海魚の腹部のような鈍い光沢を帯びています。
色彩は灰白色を基調に青紫の静脈が浮き出し、関節は不自然な方向に曲がり、歩くたびに骨が軋む乾いた音を立てます。
背後には常に冷たい霧の輪郭が漂い、物理的な実体というより、この「世界の狭間」に沈殿した澱(おり)のような存在感です。
― 帰還不能な境界線を越えて ―
物語の終盤、彼女は親切を装った男の車に乗り込みます。
しかし山道を進む車内には違和感が漂い、彼女は最後の書き込みを残しました。
「様子が変です」
「隙を見て逃げようと思います」
その後、彼女の消息は途絶えました。
― 日本版バックルーム ―
バックルームの恐怖は「クロストロフォビア(閉所恐怖症)」と「ケノフォビア(空虚恐怖症)」の融合であり、原則、密閉された空間、つまり室内であることがほとんどです。
しかし、このきさらぎ駅は屋外でありながら、クロストロフォビアの息苦しい密閉感を伴います。
そう、バックルーム的な得体のしれない恐怖。
それは決して「アゴラフォビア(広場恐怖症)」的な恐怖が源ではありません。
最後に彼女が目にしたのは、おそらく私たちの知る現実とは色彩の歪んだ、異様な森の景色でした。
「きさらぎ駅」とは、単なる駅名ではありません。
それが意味するのは、日常の薄皮の下に開いた底なしの亀裂――
海外版バックルームに先駆けた、日本版バックルームの金字塔、それは私たちの安心という幻想を、ひそかに揺さぶる存在なのです。
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