■一瞬で消えた傷、記録されなかった事故――現実の裂け目か
今回はグリッチ・イン・ザ・マトリックス。
「グリッチ・イン・ザ・マトリックス」とは、普段私たちが現実だと思っているこの世界が、もしかすると何らかの仮想構造に包まれているのではないか――そんな仮説を裏付ける、ときどき顔を出す説明不能な異常現象のことを指します。
― フロントガラスに残った印 ―
ある日、私は友人の女性、モーガンを助手席に乗せて車を運転していました。
走行中、前方の車が急に割り込み、その際に跳ね上げた小石がフロントガラスに当たりました。
音と衝撃は一瞬でしたが、その直後、視界のど真ん中に違和感を覚えました。
ワイパーを動かしても消えません。
車を停めて近くで確認すると、ガラスの表面がわずかに欠け、その一点からごく短い線状のヒビが伸びていました。
大きな破損ではありません。
ただ、運転席から見ると、目線を前に戻すたびに必ずそこに入り込む位置でした。
同乗していたモーガンもその場で身を乗り出して確認し、「ここね。嫌な場所についたわね」と言ったのを覚えています。
その後、数日間、その傷は消えることなく残っていました。
朝でも夜でも、晴れでも雨でも、私は毎回それを見ながら運転していました。
― 雨の夜、彼女を乗せて ―
それから一週間ほど経った夜のことです。
私はモーガンを車に乗せて、雨の降る高速道路を走っていました。
彼女は少し酔っており、先に家まで送ろうという判断でした。
速度は抑えていましたし、特別無茶な運転をしていたわけでもありません。
それでも、路面の状態は明らかに悪かった。
次の瞬間、車の挙動が一気に不安定になりました。
ハンドルの感触が消え、車が自分の意思とは別の方向に動き出したのです。
― 起きなかった事故 ―
車は制御を失い、完全に「事故になる流れ」に入っていました。
衝突してもおかしくない。
むしろ、あとから振り返れば「ぶつからなかった理由が説明できない」状態だったと思います。
それでも、なぜか私は衝突を免れました。
停止したとき、周囲の車とも接触していませんでした。
その直後、モーガンが突然目を覚ましました。
深く眠っていたはずの彼女が、息を詰まらせるように起きて、こう言ったのです。
「私たち、九台が絡む玉突き事故に遭った」
現在形でも比喩でもなく、すでに起きた出来事を報告するような口調でした。
私は何も返せませんでした。
もし今の出来事が少しでも違っていれば、彼女の言葉どおりになっていたと直感したからです。
― 消えていたはずのもの ―
落ち着いてから、私はあることに気づきました。
フロントガラスの、あの傷が見当たらなかったのです。
何日も見続けていたはずの瑕が、きれいに消えていました。
修理をした覚えはありません。
割れた形跡も、磨いた跡もありませんでした。
最初から存在しなかったかのように、ガラスは無傷でした。
― 証明できないという異常 ―
私の車にはドライブレコーダーが付いています。
事故寸前の状況や、以前のガラスの状態が記録されていれば、少なくとも自分の記憶を補強できると思いました。
しかし、確認してみると、肝心の時間帯の映像が存在しませんでした。
データが壊れているわけでもなく、途中で切れているわけでもない。
ただ、その部分だけが抜け落ちていました。
フロントガラスに傷があったことも、事故になりかけた瞬間も、それを裏付ける記録が一切残っていなかったのです。
― 何が起きたのか ―
私は助かりました。
事故は起きていません。
車も無事で、記録も残っていません。
それでも私の中には、確かにそこにあったはずの出来事だけが残っています。
もし、フロントガラスの瑕が、その後の出来事と何らかの形でつながっていたとしたら。
もし、あの夜に辿り着くはずだった結末が、別の形で処理されたのだとしたら。
私はいま、どの地点に立っているのでしょうか――
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