■記憶の中で一度「死んだ」いとこ ~ 二つの現実を生きる「J」
【注意書き】
この記事は、海外のインターネット掲示板に投稿された個人の体験談を基にしたコンテンツ(フィクション・都市伝説の類)です。内容には「自殺」に関する記述が含まれますが、現実世界での自殺や自傷行為を推奨する意図は一切ございません。あくまでエンターテイメントとしてお楽しみいただき、もしお悩みを抱えている場合は、専門機関へのご相談をお願いいたします。
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※デリケートな単語が含まれた記事なので、そのままだとアップできないため冒頭に断りを入れています。
今回はグリッチ・イン・ザ・マトリックス。
グリッチ・イン・ザ・マトリックスとは、この「現実」と思って暮らしている世界は、実は「現実」ではなく「仮想世界」であり、我々はただのパソコンの中の住人に過ぎないのではないか?という陰謀論系の話です。
投稿者が語るのは、一人の家族をめぐる「生死のズレ」に関する不可解な体験です。
それでは見ていきましょう。
― 一度「死んだ」はずの人物 ―
時は2000年代初頭。
当時、母親から「いとこのJが自殺した」と聞かされました。
Jには子どもが何人かおり、母親たちが叔母と叔父に子供に会わせるかどうか心配していた。
私たちは皆、彼の子供たちが気の毒だと話した。
間違いなく、家族の間で大きな出来事でした。
私はその知らせを鮮明に覚えています。
Jは自ら銃で命を絶った――と。
― 1年ほど前、突然の「朗報」 ―
しかし時は流れて約1年ほど前。
私は母から一本の電話を受けました。
内容はまさかのもの。
「Jが婚約して結婚するらしいの。子どもたちのドレスを選びに行きたいんですって」と。
私は驚きました、Jは死んだはず――
しかし母は当然のように「Jは生きている」と話すのです。
母親を否定できず、混乱したまま会話を終えたのですが、心の中では「Jは確かに死んだはずだ」という記憶が消えません。
その後、Jは突然家族の集まりによく顔を出すようになりました。
まるで、何事もなかったかのように。
私の記憶の中では15年以上名前を聞くことすらなかったJが、いきなり「日常の一部」として現れたのです。
家族の誰も不思議がらず、動揺しているのは私だけでした。
― 誰も「死んだ」記憶を持っていない ―
私はついに母親へ、自分が覚えている出来事を打ち明けました。
しかし母は「そんな話は聞いたことがない」と言います。
それどころか私がおかしくなったと心配されたほどです。
誰に話しても通じない「Jの死の記憶」。
私だけが別の現実を覚えているようでした。
― そして判明した「空白の十年」 ―
その後、私は姉たちにも話をしましたが、誰もJの死を覚えていません。
そこで家族は、Jの父親である叔父に「Jはここ十数年どうしていたのか」と、さりげなく探りを入れてみました。
叔父の答えはこうでした。
「Jとはただ10年ほど連絡を絶っていただけだ。
ケンカをして家を出て行ってな、そのまま音信不通になっていただけで、数年前にまた普通に話すようになったんだよ」
つまり、家族の記録としてはJは「行方不明だった」だけであり、「死亡」した事実は存在しないというのです。
私以外の記憶はすべて一致していました。
― 誰の記憶が「現実」なのか ―
さて、いかがだったでしょうか。
この話には犯罪や逮捕の記録もなく、投稿者だけが誤った情報を与えられたわけでもありません。
家族全員の記憶は一貫しており、投稿者の記憶だけが「別の歴史」を持っているのです。
投稿者は混乱し続けています。
なぜ自分だけが、Jの死を「鮮明に覚えている」のか。
なぜその記憶は、細部にわたって具体的なのか。
まるで、一度別の時空――「Jが自殺した世界」――にいたような感覚だといいます。
― 二つの現実の狭間 ―
いとこJは、今では家族と共に普通に生活しています。
投稿者以外の誰にとっても「Jは死んでいない」のです。
しかし投稿者は、確かに「Jは死んだ」と記憶している。
社会的事実としての記録も、家族の記憶も、自分の記憶とは一致しない――。
あなたはどう思いますか?
多数派の記憶を“現実”だとすれば、投稿者の記憶違いで片付けるのが最も合理的でしょう。
それとも――。
投稿者は一度、「境界線」を超えた人物であり、投稿者が知らぬ間に「こちら側」へ戻ってきたのかもしれません。
(参照サイト)
reddit
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