■虹の息を吐く8尺の怪物 ~ 周防の大蝦蟇(セクション1)
今回は周防の大蝦蟇(すおうのおおがま / The Giant Toad of Suo)。
山口県岩国市周辺、かつての周防国(すおうのくに)に伝わる巨大なガマガエルの怪異です。
その姿は、全長8尺(約2.4メートル)。
しかも、ただ巨大なだけではありません。
空に向かって大きく口を開き、そこから「虹のような気」を吐き出し、その気に触れた鳥や虫、小動物を吸い込むようにして食べるといわれています。
さらに夏になるとヘビまで捕らえて食べ、時には人間の姿に化けるともいう。
もはや巨大なカエルというより、完全に妖怪です。
しかし、この怪異には興味深いことがあります。
現在ネット上で語られている「大蝦蟇」のイメージの多くは、江戸時代に書かれたひとつの古典にたどり着くのです。
― すべての始まりは江戸時代の奇談集 ―
大蝦蟇の最も重要な記録は、天保12年(1841年)に刊行された『絵本百物語(桃山人夜話)』です。
この奇談集の第9話に、「周防の大蟆(すおうのおおがま)」という怪異が登場します。
ここでいう周防とは、現在の山口県東部にあたる地域です。
その大蝦蟇は、周防国の岩国山の奥深くに棲んでいるとされています。
山深く、鬱蒼とした場所。
そこに、長い年月を生きた巨大なヒキガエルが潜んでいるというのです。
古典では、こうした古い蝦蟇が8尺ほどにも成長するとされていました。
8尺といえば約2.4メートル。
現在の感覚からすれば、もはやカエルという動物の範囲を完全に飛び越えています。
しかも、恐ろしいのは大きさだけではありません。
この怪物には、普通のカエルには到底できない奇妙な能力が与えられていました。
― 虹のような「気」を吐く怪物 ―
大蝦蟇は、日中、虚空に向かって大きく口を開きます。
すると、その口から「虹のような気」を吐き出すというのです。
この不思議な気に触れた鳥や虫、小動物は、まるで何かに引き寄せられるかのように大蝦蟇の口へ吸い込まれていきます。
つまり、この怪物は自分から獲物を追い回す必要がありません。
空中へ向かって口を開き、虹色の気を吐き出す。
すると、周囲の生き物が勝手に集まってきて、そのまま巨大な口の中へ消えていく。
現代風にいえば、かなり強力な「集客能力」を持った捕食者です。
もちろん、こんな生物は現実には存在しません。
しかし、ここで面白いのが、その捕食対象です。
大蝦蟇が食べるのは虫だけではありません。
夏になると、なんとヘビまで好んで捕らえるとされています。
カエルとヘビといえば、普通はヘビがカエルを食べる側です。
ところが大蝦蟇の場合、その関係が完全に逆転しています。
小さなカエルなら逃げるしかない相手を、8尺の大蝦蟇は自ら捕らえて食べてしまう。
巨大化した結果、食物連鎖そのものがひっくり返っているわけです。
― なぜ「大蝦蟇」は恐れられたのか ―
実は、巨大なカエルの怪異は周防だけのものではありません。
『絵本百物語』では、中国の燕然山(えんぜんざん)にも、1丈(約3メートル)を超える人食いの大蝦蟇がいるとされています。
また、8尺を超えるものは人間に害をなすとも記されています。
人間をはるかに上回る巨躯(きょく)ですから、人に害をなすと考えられていたのも不思議ではありません。
さらに日本でも、新潟県の『北越奇談』には、釣り人が陣取っていた岩場そのものが、実は巨大な大蝦蟇の頭だったという話があります。
つまり江戸時代には、「途方もなく巨大なガマ」という怪異そのものが、ある程度ひとつのジャンルとして成立していたのでしょう。
現代でいう、巨大な生物にまつわる伝説に近い感覚だったのかもしれません。
実際のヒキガエルは、夜の山道などで突然現れると意外なほど存在感があります。
ずんぐりした身体。
大きく盛り上がった頭部。
暗闇の中で光を反射する眼。
そして、ほとんど音もなく地面にじっとしている姿。
普段カエルを見慣れていない人間からすれば、それだけでもかなり異様な動物です。
まして、こうした生き物が人間をはるかに超える大きさになったとしたら、もはや妖怪としか思えなかったでしょう。
― もし大蝦蟇を巨大な生物として考えたら ―
では、ここから少しだけ視点を変えてみましょう。
もちろん大蝦蟇は妖怪です。
しかし、もしこの伝承を「未知の巨大両生類の目撃記録」だと仮定したら、どこまで現実の生物に寄せて考えられるでしょうか。
まず面白いのが、「虫を引き寄せて食べる」という部分です。
実際のカエルは、獲物を長い舌で捕らえます。
人間の目には一瞬の出来事です。
じっとしていたカエルが突然舌を伸ばし、次の瞬間には虫が消えている。
この動きを知らない人間からすれば、虫がカエルの口へ吸い込まれたように見えてもおかしくありません。
大蝦蟇がさらに巨大な存在として想像されていったとすれば、「舌で捕らえる」という現実の捕食行動が、いつしか「虹の気で吸い込む」という怪異へ変化していった可能性も考えられます。
セクション2へ続く。

.jpg)



.jpg)
0 件のコメント:
コメントを投稿