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2026年9月21日月曜日

35年ぶりの太陽。実験室で生きたチンパンジー「スージー」が、芝生の上でうたた寝した日

(image credit: Roger Allen via Daily Mail)

■35年ぶりの太陽。実験室で生きたチンパンジー「スージー」が、芝生の上でうたた寝した日

2011年、オーストリアの保護施設で、38頭のチンパンジーが初めて屋外へ出ました。

その中に、37歳のメス、スージーがいました。

― 森から実験室へ ―


スージーを含む38頭のチンパンジーたちの人生は、アフリカから始まりました。

当時、彼らの多くは西アフリカのシエラレオネ共和国などの地域で幼いころに捕獲され、ヨーロッパへ運ばれたといわれています。

報道によれば、捕獲の際には母親が殺されるケースもありました。

チンパンジーの母親は通常、長い時間をかけて子どもを育てます。

しかし幼い彼らが母親と引き離されたあとに待っていたのは、野生の森ではありませんでした。

彼らが運ばれた先は、オーストリア・ウィーンにあった製薬会社イムノ(Immuno AG)の研究施設でした。

そこではHIVや肝炎などに関する研究が行われ、チンパンジーたちは実験動物として使われていました。

そしてスージーたちは、外の世界から隔てられた環境で長い年月を過ごすことになります。

中には研究施設で生まれ、一度も太陽の下へ出たことがなかった個体もいました。

― 30年という時間 ―


スージーの場合、外へ出ることのない時間は35年に及びました。

その間には、季節も、天候も、太陽の高さも変わっていきます。

しかし、それらは彼女のいる場所の外側で起きていました。

1996年、イムノはアメリカのバクスター・インターナショナル(Baxter International)に買収され、チンパンジーを使った実験プログラムは終了します。

実験が終わったからといって、すぐに彼らが自由になったわけではありません。

長年研究施設で暮らしてきたチンパンジーたちには、その後の生活場所が必要でした。

そこで新しい保護施設を作る計画が進められましたが、2004年には予定されていたサファリパークが破綻。

施設整備は行き詰まり、チンパンジーたちはさらに長く、それまでの環境に留まることになりました。

それから数年が過ぎます。

2009年、オーストリアの動物保護施設グート・アイダービヒル(Gut Aiderbichl)が彼らの受け入れに乗り出し、チンパンジーたちが屋外で暮らせる環境が整えられていきました。

そして2011年。

ようやく、その扉が開かれます。

― 35年ぶりの外の世界 ―


初めて外へ出たチンパンジーたちは、すぐに走り出したわけではありませんでした。

3頭ほどのチンパンジーは、外の様子をうかがうようにして立ち止まっています。

土があり、草があり、空があります。

そして、その上から太陽の光が降り注いでいます。

30年以上も閉ざされた環境で暮らしてきた彼らにとって、それはあまりにも久しぶりの光景でした。

それでも少しずつ外へ出ていきます。

芝生に足をつけ、周囲を確かめるように歩いていくチンパンジーたち。

そして、その中にスージーがいました。

スージーにとって、屋外へ出るのは35年ぶりのことでした。

― そして、スージーは眠った ―

(芝生でうたた寝するスージー)
(image credit: Roger Allen via Daily Mail)

外へ出たスージーを写した写真があります。

そこには、芝生の上に身を横たえ、太陽の光を浴びている一頭のチンパンジーが写っています。

その表情は、驚くほど穏やかです。

35年ぶりに屋外へ出た直後の姿だと知らなければ、長いあいだ閉ざされた場所で生きてきた個体には、とても見えません。

むしろ、そこだけ時間が止まっているようにも見えます。

35年という時間を考えれば、この表情の穏やかさは、かえって不思議に思えてきます。

これほど長い時間を閉ざされた場所で過ごしたあと、彼女がしていたのは――

太陽の下で眠ることでした。

35年という時間の先で、スージーが選んだのは、何かを取り戻すことでも、何かを訴えることでもありませんでした。

ただ、陽の当たる芝生で眠っていました。

【追記】
スージーはその後もグート・アイダービヒルで暮らし、穏やかな時間を過ごしたのち、2022年3月に静かに息を引き取りました。

(参照サイト)

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