■ペリカンの喉袋を持つ幻のキリン ~ タイゴメリア
「英陸軍の将校ジョン・E・パケナム卿が、女王陛下の領土である北部諸州での一年間の滞在を終え、ノースダコタ州フォート・ビュフォードへと到着した。その傍らには、かつて北米大陸において捕獲された記録もなく、また近年までこの地にその存在が知られていなかった、比類なき美しさを誇る一頭の獣が従っていた。
博物学者たちの間では『タイゴメリア』と呼称されるこの生物は、アフリカに生息するキリン、すなわちキャメロパードと近縁の種であるという。本来はカシミールやヒンドゥークシュの高原地帯に棲息するが、ヒマラヤの峻厳な高山にて目撃されることが多いとされる。
今回持ち込まれた個体は幼獣であり、驚くほどよく調教され、まるで犬のごとく飼い主に付き従う。生後わずか四ヶ月にして体高は約五フィートあるが、頭部を二フィートも持ち上げることができ、直立すれば七フィートもの偉容を誇る。毛色は暗褐色の鼠色で、両眼は大きく突き出ており、頭部には角の萌芽がかすかに認められる。
この驚異の獣は、マッケンジー川の水域、アサバスカ湖の北にて捕獲された。特筆すべきはペリカンにも似た喉袋を備えている点で、これを利用して数日分の食料を蓄えることが可能であるという。その俊足ぶりは国内のいかなる名馬をも凌駕する。豊かな褐色に黒く洒落た斑点が散るその姿は、中国の密林に棲む豹をも凌ぐ、現存する中で最も美しい動物の一つと言っても過言ではない。
パケナム卿は、マニトバから南方の温暖な地への劇的な気候の変化と、ミシシッピ川の水路における航行の不確実性を危惧し、水路による輸送を断念した。卿は思慮深くも、ミネソタ州セントポールを経由する陸路を選択した。フォート・ビュフォードの司令官は、道中の安全のため護衛を付したという。卿は今後、カナダを横断してモントリオールへと向かい、そこから英国へ向けてこの貴重な『荷』を積み出す予定である。」
――1870年11月22日付『オタワ・タイムズ』紙より
― タイゴメリア ―
今回はタイゴメリア(Tygomelia)。
1870年、カナダの新聞を賑わせた謎の四足動物です。
キリンの仲間でありながら、ペリカンのような喉袋を持ち、馬よりも速く走る――。
― 新聞が報じた謎の珍獣 ―
タイゴメリアが世に知られるきっかけとなったのは、冒頭に記した1870年11月22日付の『オタワ・タイムズ』紙の記事です。
記事によれば、イギリス陸軍将校ジョン・E・パケナム卿(Sir John E. Packenham)が、カナダ北部のマッケンジー川流域で珍しい動物の幼獣を捕獲したと報じられました。
当時生後4か月ほどだったその個体は完全に人に慣れ、まるで犬のように飼い主の後を付いて歩いたといいます。
パケナム卿はイギリスへ連れ帰る予定でしたが、船旅による気候の変化を心配し、水路ではなく陸路でカナダを横断してモントリオールへ向かったと伝えられています。
― キリンとペリカンを合わせたような姿 ―
新聞記事には、その姿も詳しく描写されています。
体高は約5フィート(約1.5メートル)。
首を伸ばすと約7フィート(約2.1メートル)にも達し、キリンの仲間だと紹介されました。
全身は暗い茶褐色で、黒い斑点が散りばめられた美しい毛並みを持ち、大きく突き出た目と、小さな角のような突起も確認されたといいます。
さらに最大の特徴が、ペリカンのような大きな喉袋でした。
この袋に食料を蓄え、数日分の食糧を持ち運べるとされていました。
加えて非常に俊敏で、当時のどんな馬よりも速く走ったとも伝えられています。
― 生息地まで謎だらけ ―
さらに不可解なのは、その生息地です。
記事によれば、タイゴメリアの本来の生息地はインド北部のカシミール地方やヒンドゥークシュ山脈、さらにはヒマラヤ山脈の高山地帯だといわれていました。
ところが、今回実際に捕獲されたのは、アジアから遠く離れたカナダ北部のアサバスカ湖よりさらに北、マッケンジー川流域でした。
「ヒマラヤの峻厳な高山にいるはずの珍獣が、なぜ真逆の北米大陸にいたのか」。
その移動の経緯や理由について、新聞記事では一切説明されておらず、この不自然すぎる地理的矛盾こそが、タイゴメリア最大の謎となっています。
― 正体はヘラジカだった? ―
(プロングホーン)
(image credit: Wikicommons)
現在では、この話をそのまま事実と受け止める研究者はほとんどいません。
動物研究家ケビン・スチュワートは、非常に珍しい斑点模様を持つ若いヘラジカ/ムース(Alces alces)の誤認ではないかと考えています。
幼いヘラジカは成長途中では体つきも細く、見慣れない人物が目撃すれば、未知の動物と勘違いしても不思議ではありません。
一方で、未確認動物学カール・シューカー博士の協力者は、ヒマラヤに伝わるタイゴメリアは絶滅したキリンの仲間、シバテリウム (Sivatherium) の生き残りであり、北米で目撃された個体はプロングホーン(Antilocapra americana)など別種の動物が混同された可能性を指摘しています。
プロングホーンはキリンとはもちろん別系統ですが、細長い脚を持ち、非常に俊足。
体色や体つき、首周辺の皮膚などが誇張されれば、新聞に描かれた珍獣のイメージへ近づく部分もあります。
もっとも、「ペリカンのような喉袋」まで説明するのは難しく、完全な正体とはいえません。
― 19世紀が生んだ幻の珍獣 ―
ここで、もうひとつ気になる点があります。
そもそもタイゴメリアという動物について、1870年のこの記事以外に確かな捕獲記録や標本が残されているわけではありません。
さらに、当時の新聞には現代とは少し違った文化がありました。
遠い土地から届く未知の動物の話は、それだけで読者の想像力を刺激する格好のニュースでした。
まだ世界中の動植物が完全には知られていなかった時代だけに、「こんな動物がどこかにいるのではないか」という想像が、新聞紙面の上では現実とそれほど遠くない場所に存在していたのです。
そしてタイゴメリアも、そんな19世紀の空気の中から現れた珍獣のひとつだったのかもしれません。
後世から見れば、ヒマラヤの動物がカナダ北部で捕獲され、それをイギリスまで運ぶという話には、どうしても不自然な部分があります。
それでも当時の新聞を開けば、そこには確かに「ペリカンの喉袋を持ち、豹のような斑点をまとい、馬より速く走る幻のキリン」が生き生きと描かれている。
実在した動物なのか。
誰かが見た未知の獣だったのか。
それとも、新聞紙面の上だけで一夜にして誕生した珍獣だったのか。
答えがどうであれ、1870年11月22日、タイゴメリアという名前の動物が一度この世界に姿を現したことだけは確かです。
そして新聞が閉じられたあと、その奇妙な獣は標本にも記録にもならず、紙面の向こう側へ静かに消えていったのです。
(関連記事)




%20(1).jpg)
.jpg)
0 件のコメント:
コメントを投稿