■氷原に潜む水棲モノクローム ~ ティエラ・デル・フエゴ・プラティパス
今回は、ティエラ・デル・フエゴ・プラティパス(Tierra del Fuego platypus)。
「ティエラ・デル・フエゴのカモノハシ」という意味です。
― ティエラ・デル・フエゴ ―
ティエラ・デル・フエゴは、南米大陸南端部に位置する諸島で、フエゴ諸島としても知られます。
チリとアルゼンチンにまたがり、南極海へと続く冷たい海域に囲まれた土地です。
年間を通して強風が吹き、湿地帯と氷水の河川が広がるこの地域は、「世界の果て」と形容されることもあります。
低い森林、鉛色の空、重たい雲。
その静けさは、既知と未知の境界が曖昧になる空気を帯びています。
― 南米に現れたカモノハシ ―
報告は19世紀に遡るとされます。
探検家が、冷たい河川や湿地で「奇妙な嘴を持つ半水棲動物」を目撃したと語った記録が残っているのです。
そして1970年代。
匿名のアマチュア博物学者が、フエゴ諸島でカモノハシに酷似した生物を目撃したと主張します。
その情報はBBCのプロデューサーを経由し、未確認動物研究家J・リチャード・グリーンウェルのもとへ伝えられました。
確認例はこの一件のみ。
写真も標本も存在しません。
しかし、この話に奇妙な厚みを与える存在がありました。
― モノトレマタム・スダメリカヌム ―
1992年、アルゼンチン・パタゴニアのサラマンカ層(古第三紀暁新世・ペリグラン期)から、カモノハシ類の化石が記載されました。
学名はモノトレマタム・スダメリカヌム(Monotrematum sudamericanum)。
オセアニア以外で確認された数少ない単孔類の一つです。
発見されたのは、下顎歯2本と上顎歯1本。
わずか3本の歯だけです。
しかしその歯は、オーストラリアで見つかっていたオブドゥロドン属(Obdurodon)と極めて類似していました。
エナメル質が保存された歯冠中央部には、前後に分かれたV字状の2つのローブ構造。
前方のローブは広く、後方ローブとは谷状の溝で隔てられている。
その形態は、オブドゥロドンとほぼ同一パターンを示していました。
ただし決定的な違いが一つあります。
サイズです。
モノトレマタムの歯は、オブドゥロドン類の約2倍。
歯の大きさから推定すると、現生カモノハシよりもかなり大型だった可能性が高いと考えられています。
正確な体長は不明ですが、単純比例すれば1メートル級に達していた可能性も否定できません。
現在、これらの歯はアルゼンチンのラ・プラタ博物館およびエヒディオ・フェルグリオ古生物博物館に保管されています。
系統的位置については、オルニトリンクス科の基部系統である可能性が指摘されていますが、分岐年代推定との整合性には議論が残っています。
いずれにせよ重要なのは一つ。
「南米にも単孔類が存在した」という事実です。
― 生き残りの可能性 ―
もしモノトレマタムが大型であったなら。
寒冷なパタゴニア環境に適応していたなら。
その系統の一部が孤立した湿地に残存していたとしても、完全否定はできません。
仮に現存するなら、現生カモノハシよりも体毛が密で、より頑丈な体躯を持つ寒冷適応型である可能性が想像されます。
― 誤認という現実 ―
(アメリカビーバー)
一方で、より地に足のついた説明もあります。
南米には外来種アメリカビーバー(Castor canadensis)が広く分布しています。
半水棲で暗色の体。
角度や距離によっては、嘴状の輪郭に見えることもある。
ラ・アラウカニア州やテムコ川周辺での類似報告は、ビーバー誤認説で説明可能――
この説はモノトレマタムの生存説よりも、はるかに現実的です。
それでも、南米に単孔類の化石が存在するという事実までは消えません。
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