ニューヨーク生まれのナチュラリストにして探検家、鳥類学者、海洋生物学者、昆虫学者のウィリアム・ビービ (William Beebe) 氏は初の有人深海探索をした人物です。
彼が深海探索のために乗ったのは深海探査艇という代物ではなく、人がギリギリ二人ほど乗れるスペースの鉄球で「潜水球」と呼ばれるものでした。
ビービ氏はこの潜水球をギリシア語で「深い (深海の) 球体」を意味する「バチスフェア (bathysphere)」と名付けました。
バチスフェアは自ら推進力を持たないため、海上の船とワイヤーロープで繋がれており、ビービ氏が電話回線により船に指示を出し、船によって100%コントロールされるものでした。
バチスフェアが深海の圧力に耐えられるかどうかも怖いですし、そもそも推進力を持たないため万一ワイヤーが切れたら一巻の終わりであり、相当の勇気がないとこの深海探査は挑めるものではありません。
初の潜水は1930年のこと、それ以後ビービ氏はこの深海探査を7回ほど試みたといいます。
(ビービ氏の証言を元に掛かれた実際のスケッチ)
彼は人類史上初めて深海を泳ぐ生物たちを生で観察することができました。
そしてビービ氏が見た魚たちの中には現在でも特定されていないものがいくつか含まれています。
そのひとつは以前に紹介したアビサル・レインボー・ガーですが、実はこの魚を含め5種が未だに特定されていません。
今回はその中から1934年のバミューダ沖の潜水で目撃されたパリド・セイルフィン (Pallid sailfin) を紹介しましょう。
未知の魚であるため無効ですが「バティエンブリクス・イスティオファズマ (Bathyembryx istiophasma)」という学名も提唱されています。
パリド・セイルフィンの体長は60センチと深海魚としては大きく、深海魚に多い尾に向かって先細りの細長い体型の魚でした。
名前の通り生気のない青白い (パリド) 体色で、何よりもその特徴は体の後方に位置する背鰭と臀鰭が尾に向かって帆のように大きく広がっていることです。
これがセイルフィン (「帆のような鰭」) と名付けられた所以です。
ヒレは体の上下対象に備えておりその大きさも相まって特異なシルエットを形成していました。
ビービ氏はこの魚の正体を未知のクジラウオ科 (Cetomimidae) ではないかと仮説を立てました。
既知のクジラウオの仲間は大型のもので40センチ程度、パリド・セイルフィンはそれよりもかなり大きく、また背鰭と臀鰭の形状・特徴がかなり似ているクジラウオの仲間もいますが、パリド・セイルフィンのヒレは既知種と比べ相対的に体に比して遥かに大きなものです。
まあ深海の探索が飛躍的に進歩した現在ですら特定されていないものが5種も存在することから、ビービ氏の捏造説も疑われていることも一応書いておきましょう。
しかしパリド・セイルフィンはクジラウオ科の魚としては大きいものの、数メートルもある巨大なものではなく、また深海魚はいまだに新種が発見され続けている現状を考えると、ビービ氏が既知の魚類を誤認したり、捏造したものではなく、実際にパリド・セイルフィンが存在するかもしれませんよ。
(関連記事)
0 件のコメント:
コメントを投稿