2026年10月8日木曜日

自治体を動かした「一九七三年ノ山狩リ」~ 剣山の大蛇(セクション2)


■自治体を動かした「一九七三年の山狩り」 ~ 剣山の大蛇(セクション2)

セクション1の続き。

― なぜ「10メートル」だったのか ―

(アオダイショウ)
(image credit: Wikicommons)

剣山の大蛇を考えるうえで、もっとも気になるのがそのサイズです。

日本に生息する在来のヘビで、10メートル級の種類はもちろん存在しません。

最大級のアオダイショウ(Elaphe climacophora)でも通常は2メートル前後で、最大個体サイズだと2.5~3メートル級とかなりの大きさになりますが、10メートルという数字には遠く及びません。

まして「胴体の直径30センチメートル」となれば、単なる大型個体の域を完全に超えています。

日本を代表する大型のコンストリクター型(締め付け型)のヘビであるアオダイショウを例にとると、通常は2メートル級で直径5センチ程度と、体長のわりに非常にスリムな体型をしています。

アオダイショウはネズミや鳥などの比較的大きな獲物に対しては、噛みついたあとに体を巻き付けて締め付けるという、まさにコンストリクターらしい捕食を行います。一方で、小さな獲物や卵などには、わざわざ締め付けず、そのまま丸呑みにすることもあります。

しかし、10メートル級の大型ヘビを想定するなら、アミメニシキヘビなどの巨大なコンストリクター類と比べても、直径30センチという数字はむしろ細身の印象です。

そこで当然浮かび上がる可能性が、海外産の巨大ヘビの存在です。特に有力視されるのが、先述したアナコンダやニシキヘビの仲間です。

― 海外の巨大ヘビが逃げ出した? ―


1973年当時の日本では、現在よりも海外産の大型爬虫類を見世物として扱う文化が残っていました。

サーカスや見世物小屋などで、珍しい大型動物が飼育されることもあった時代です。

実際にこの事件を調査・紹介した山口敏太郎氏も、アナコンダのような大型ヘビが何らかの経緯で日本へ持ち込まれ、そこから逃げ出した可能性をひとつの仮説として挙げています。

もしそうだとすれば、剣山の大蛇は未知の生物ではなく、人間によって持ち込まれた外来の巨大ヘビだったことになります。

ただし、ここで問題になるのが剣山の環境です。

アナコンダや大型のニシキヘビなど、熱帯・亜熱帯を主な生息地とする巨大ヘビにとって、日本の冬はかなり厳しいものです。

まして剣山のような山間部で、何年も野生状態を続けながら10メートル級まで成長したと考えるのは難しいでしょう。

そうなると、脱走説にはひとつ面白い条件が浮かび上がります。

目撃された10メートル級の個体は、日本へ逃げ込んだあとに巨大化したのではなく、持ち込まれた時点ですでに相当な大きさだったのではないか。

つまり、ここで新たな疑問が生まれます。

1973年当時、日本のどこかで10メートル級の巨大ヘビが飼育されていたのか。

もし本当にそんな個体が存在したのなら、いったいどこから日本へ持ち込まれ、誰が飼育していたのでしょうか。

そして、その巨大なヘビは、なぜ剣山へたどり着いたのでしょう。

脱走説は「剣山の大蛇が何者だったのか」という謎に、ひとつの答えを与えます。

しかし同時に、「そんな巨大なヘビを、いったい誰が日本に連れてきたのか」という、さらに奇妙な謎を残すのです。

― 4人全員が見間違えたのか? ―

(オオアナコンダ)
(image credit: Wikicommons)

もうひとつ考えられるのが、何らかの誤認です。

巨大な倒木。

斜面を移動する動物。

複数のヘビが絡み合った姿。

あるいは、草木の陰に隠れていた別の動物。

山の中では、距離や大きさの感覚を正確に把握することは容易ではありません。

まして突然目の前に巨大なものが現れれば、恐怖によって記憶が誇張されることもあります。

ただし、この事件には「4人が同時に見た」という問題が残ります。

少なくとも、ひとりの人物が遠くの何かを見間違えたという単純なケースではありません。

しかも、その中には町議会議員もいました。

もちろん、複数人が同時に見たからといって、誤認の可能性がなくなるわけではありません。

人間は、驚くような出来事に遭遇すると、周囲の人間の反応に引っ張られ、同じものを同じように解釈してしまうことがあります。

それでも、山仕事をしていた地元住民4人が、同じ対象を10メートル級のヘビとして認識したという点は、この事件を考えるうえで無視できません。

― 1973年という時代背景 ―


そして、剣山の大蛇にはもうひとつ面白い背景があります。

1973年という時代です。

この頃、日本では「ツチノコ」が大きなブームになっていました。

幻の巨大蛇を探し出そうという動きが全国各地で盛り上がり、テレビや雑誌などでも未確認生物が盛んに取り上げられていた時代です。

そんな社会の空気の中で、今度は剣山に10メートルの大蛇が現れました。

現代から見るとかなり異様な出来事ですが、当時の社会状況を考えれば、「巨大蛇」という情報が地域社会を巻き込む騒動へ発展したのは、それほど不思議なことではありません。

そして1970年代の地方では、都市への人口流出や過疎化が大きな問題になっていました。

そんな時代に、剣山で「10メートルの大蛇」が見つかったとなれば、地域にとっては強烈なニュースです。

町役場が120人規模の捜索に関わったことを考えても、この事件が単なる「ヘビが出た」という話ではなく、地域全体を巻き込む一大騒動になっていたことが分かります。

さらに後には、剣山の大蛇をモチーフとした観光的なものも生まれています。

こうした流れを見ると、剣山の大蛇は「珍しい怪物の目撃談」から、次第に地域を象徴する存在へと姿を変えていったのでしょう。

そして、ここが面白いところです。

最初から町おこしを目的として大蛇騒動を仕掛けた、と考える必要はありません。

むしろ、本当に起きたとされる目撃事件が地域の話題となり、そこへ当時のUMAブームや観光の流れが重なった結果、いつしか「剣山の大蛇」という物語そのものが地域に定着していったと見るほうが自然です。

1973年の日本は、ツチノコを追い、UMAに夢中になっていた時代でした。

そんな時代に剣山で目撃された10メートルの黒いヘビが、単なる一夜の騒動で終わらず、現在まで語り継がれる存在になった。

そう考えると、この大蛇が生まれた背景には、実際の目撃、当時のUMAブーム、そして地方社会の空気が複雑に絡み合っていたのではないでしょうか。

セクション3へ続く。

UMA探しの旅は終わらない (国内外1000体以上のUMAが待っています)


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