■ヘブライ語で叫んだコイ ~ ニューヨーク魚市場の終末予告
今回はニュー・スクエアのしゃべるコイ(Talking Carp)。
2003年1月28日、午後4時頃。
ニューヨーク市から北へ約50キロメートル。
ハシディズムのコミュニティ、ニュー・スクエアの魚市場で起きた出来事です。
― 冬の市場に持ち込まれた生きたコイ ―
その日、魚市場はいつも通りの空気でした。
店員のルイス・ニヴェロは、重さ約9キログラムの生きたコイを水槽から取り出します。
調理のために頭部を叩く――
それだけの、単純な作業のはずでした。
しかし、頭部を叩こうとしたその瞬間――
コイが声を上げたのです。
それはヘブライ語のようでした。
― 声に崩れる現場 ―
ニヴェロはクリスチャンで、ヘブライ語は理解できません。
それでも、その声が通常の動物のものではないことだけは分かりました。
彼は「悪魔だ」と叫び、木箱をなぎ倒しながら店の奥へ逃げ込みます。
その様子を見た店主ザルマン・ローゼンは、最初この騒動を信じませんでした。
むしろニヴェロのことを「メシュゲネ(狂人)」として扱っていたといいます。
― 現場に残されたもう一つの証言 ―
騒ぎを聞いて、別の店員ローゼンフェルドが現場に入ります。
その瞬間、彼もまたコイの声を聞いたと証言しています。
「Tzaruch shemirah(注意せよ)」
「Hasof bah(終わりが来る)」
さらに、「祈りを捧げ、律法(トーラ)を学べ」という命令。
それは警告というよりも、何かを“指示する声”のように扱われています。
― 名乗られた名前 ―
その後、コイは自らの正体を語ったとされます。
それは前年に亡くなった人物の名前でした。
モシェ・イェフダ・ゲシュテテナー。
この人物は地元で知られた篤志家(とくしか)で、生前はこの市場で魚を買い、それを貧しい人々に配っていたといいます。
その魂が魚として現れた――そう解釈する声が生まれます。
― 刃物と負傷 ―
混乱の中、ローゼンはナイフを手に取ります。
魚を仕留めようとした瞬間、暴れるコイにより刃が逸れます。
結果として、親指に深い傷を負い、彼はそのまま病院へ搬送されました。
― 市場に戻る日常 ―
騒動の中でも仕事は続きます。
このコイは悪魔なのか?人間の手によって捌くことは不可能な生き物なのか?
しかし、そんなことはありませんでした。
ニヴェロは恐怖の中で作業を続け、そのコイは最終的に処理されます。
そして通常の食材として流通されました。
ゲフィルテ・フィッシュ(アシュケナージ系ユダヤ人の伝統的な魚料理)の材料として、市場の流れに戻っていきます。
― 広がっていく解釈 ―
この出来事はすぐに外部へ伝わります。
イスラエル、ロンドン、マイアミ。
各地から問い合わせの電話が鳴り続けたといいます。
当時はイラク戦争開戦直前の時期であり、この出来事を「神の警告」として受け取る人も少なくありませんでした。
― 魂と魚のあいだ ―
ユダヤ教の神秘主義カバラ(神と宇宙の真理を直接的に体得しようとする神秘主義思想)には、善人の魂が魚として現れるという考え方があります。
ガバラがもつギルグル(輪廻転生)の概念とクロスオーバーしたのでしょう。
この枠組みでは、あの出来事は単なる異常事態ではなく、「帰還した魂が一時的に声を持ったもの」として解釈されます。
魚が語った言葉や名乗った人物像も、その文脈に回収されていきます。
ただし、それが宗教的な意味を持つ出来事だったのか、それとも市場で起きた一過性の錯覚だったのかについては、今も結論は出ていません。
市場はその後、何事もなかったように通常の業務へ戻りました。
魚も処理され、流通し、痕跡は消えています。
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